SOLD OUT
プロレス黄金時代を飾ったプロレスラーたちが、もし江戸の剣豪として暮らしていたら……。
「思いついて3日で書き上げた」という、高野秀行未発表の小説。
高野秀行辺境チャンネルオリジナルのZINEとして登場。
【あらすじ】
古びた瓦版に眠る〝日流〞剣術の秘史。若き天才剣士・三沢虎雄は祝言を前に、師・馬場と宿敵・猪木の果たし合いをめぐる陰謀に巻き込まれる。
必殺・延髄切りと無敵の脳天唐竹割り。
おぞましい〝談合〞の影。勝敗の彼方にある師の覚悟とは何か?
虎雄の恋の行方は? 消された歴史の間から伝説の剣士たちが今ここに甦る!!
■B6判並製 ■72ページ
2025年11月下旬発売以降のお届けになります。
[試し読み]
筆者前書き
読者諸氏はよくご存じのように、歴史は存在するものではなく、為政者によって作られるものである。為政者にとって都合のわるいものは歴史から消される。初めから存在しなかったとされる。
「日流」と呼ばれた剣の流派もまたその一つだ。
江戸初期、庶民から大名旗本までが熱狂的に愛し、その名声は小野一刀流や柳生心陰流をしのぎながら、日流とその遣い手たちは「公儀を欺いた」という理由で抹殺された。
私はたまたま北陸の某古刹で古文書を調べていたところ、文書にまじって、当時の新聞に相当する瓦版の束を発見した。武芸の試合や歌舞伎についておもしろおかしく書いた専門の媒体である。そこには「日流」と日流から分かれた「全日流」「新日流」について膨大な記述が残されていた。中でも特に貴重と思われるのは、全日流の中興の祖とされる天才剣士・三沢虎雄の覚え書きである。
この瓦版の存在自体が歴史に記されていない。それもまた日流とともに「天下を欺いた」という理由で抹殺されたのだろう。
以下に記すのは、瓦版に書き残された記録の中で特に印象的な「寛永御前試合」について、私なりに小説の形にあらためたものである。
したがって登場する個人、団体はあくまでかつて実在したと明言しておきたい。
1
明るい春の日差しがそそいぐ畳の間に、四名の男女が向かい合って座っていた。片方には白髪頭の武士と若い娘、もう片方には若い二人の武士。
寛永十年、四月。関が原の戦いからすでに三十年。大阪夏の陣からも十五年が経っていた。すでに天下は落ち着き戦乱も絶えて久しかったが、まだ世の中には戦国の荒々しい息吹が残っていた。
「剣の極意とは何かの」
祝言の相談に来たのに、いきなりそんな話題を将来の舅が振ってきたのも若き頃幾度も合戦を経験した戦士としての血のせいか、はたまたこの人物が物事を深く考えていないせいなのか、三沢虎雄はしばし思考をめぐらせなければならなかった。
「…極意、と申しますと」慎重な物言いをする三沢に山本龍左衛門は早口で言った。
「ほら、なんかあるだろう。死中に活を求めるとか、間合いだとか。わしなんぞは戦しか知らんからの。戦では、槍を無我夢中で槍を振り回すだけよ。かっかっか」
龍左右衛門は意味もなく呵々大笑した。庭でししおどしがカーンと能天気な音を立てた。
物事を深く考えない戦士、か。頭が痛くなりそうになったが、三沢はこらえた。なんといっても千草の父である。何か答えねばなるまい。さもないと、祝言に何か支障をきたすかもしれない。
「しからば、やはりそれは……アレでござる」
「アレ?」
「いかにも。相手が来ると思ったとき、異様に何と言いますか、アレが来る。そのとき、一撃でアレをうつというか。戦で経験をお持ちの山本様にはよくおわかりかと思います」
「あ、ああ、アレだの。うん、うん、あるぞ、戦でもアレは」
「そうですよね、アレ、ありますよね」
三沢は胸を撫で下ろした。三沢はときどき自分の言いたい言葉を探しあぐね、「アレ」と言ってしまう癖がある。ときには話をごまかすときにもつい使ってしまう。今もそうだ。自分でも何を言っているのかさっぱりわからなかったが、相手は自尊心が高い人。予想通りわかったふりをしてくれた。
と胸を撫で下ろしたときである。
「三沢さん、アレって何ッスか?」隣の川田西鬼が口をはさんだ。
「バカ野郎、アレっつったらアレだろ!」
「何言ってるか全然わかんないっスけど」
三沢はとっさに手にしていた扇子で、隣に座る川田のこめかみを思い切りひっぱたいた。
「あ、いて! 何するんスか」
「あら、虎雄様、なんて乱暴な……」龍左衛門の隣にいた千草は叱りつけるように言った。
「いや、いいんですよ、千草殿。こいつは昔から異様に生意気だったんで。だいたい、
こいつは不死身なんです。この前もこいつが朝からぼけっとしてるんで、道場の二階の窓から突き落としてやったんですが、まっさかさまに落ちたのに『いててて』とか言うだけで、すぐ上に戻ってぶっかけ飯三杯食ってました」
そういうそばから川田はお茶菓子に手を伸ばしてばくばく食っていた。ふつう、初めての家で出された菓子を食うか。癇癪持ちで知られる龍左衛門の顔が一瞬、夜叉のように険しくなり、三沢は息が止まりそうになった。
「いや、若者は元気がいちばん。けっこう、けっこう」かろうじて気を取り直した龍左衛門が大笑し、みんなはとってつけたような笑みを浮かべた。
よかった。今日はさすがにお舅殿もご機嫌だ。
三沢は首尾よく祝言のだんどりをまとめると、山本宅を辞した。
外に出ると、日差しは少し温かくなってはいたものの、まだ風が冷たい。隣家の梅が咲きほころんでいる。どこかで鶯の鳴き声もした。
「梅は咲いたか、桜はまだかいな~」
思わず、柄にもなく小唄を口ずさむと、
「三沢さん、柄にもないっスね」と川田が饅頭を貪りながら言った。
バシッと三沢はまた扇子で叩いた。
「おまえ、それは千草殿が道場用にくださったもんだろうが。どうしておまえが一人で食ってるんだよ!」
怒鳴りつつも、口元はだらしなく緩んだままだった。
なんにしても祝言がやっと決まったのだ。
——長い道のりだった……。
吐息がもれた。
三沢は齢二十歳、いまや江戸中にその名を知られた全日流馬場道場の若手随一の剣士だ。父は直参の旗本で龍左衛門の同僚だったが、三沢が子供のときに喧嘩沙汰で死に、幕府から家をつぶされた。以降、三沢の母が着物の仕立てなどして、三沢らきょうだい五人を育てた。
三沢の父も人に知られた剣客だったうえ、近所にある足利道場に幼いうちから預けられた三沢は十にもなると類い稀な才を発揮し、足利道場始まって以来の天才と呼ばれるようになった。一つ年下に川田がおり、三沢には及ばないものの、川田もまた俊英と称された。
十七のとき、師匠の足利嘉明に呼ばれ、「もうこれ以上教えることはない。おまえなら剣で天下がとれる。もっと上をめざせ」と馬場道場への紹介状を渡された。
豪傑と天才がひしめく馬場道場にあっても、三沢はたちまち頭角をあらわした。馬場道場の若き「四天王」に名を連ね、世間でも評判になった。
多くの人々が彼を誉めそやしたが、さっぱり評価してくれない人物が二人いた。その一人が龍左衛門である。
龍左衛門の一人娘、千草と再会したのも馬場道場に来てからだった。千草とは三つちがい、幼馴染である。子供のときはいじめられていた千草をよく守ってやった。千草は「大きくなったら虎雄様のお嫁さんになる」とよく言っていたものだ。当時は龍左衛門も「それがよい」と笑っていたように記憶する。
だが父の一件で、家がつぶれ、長屋に引っ越すと状況は一変した。龍左衛門や他の元同僚たちは一度も訪ねてくることもなく、三沢一家はまさに見捨てられた。唯一、千草だけは親の目を盗んで長屋に来ては、家からもってきた芋や豆をこっそりくれた。三沢が「この娘と結婚する」と決めたのはそのときである。
三沢は剣ですでに名をなしていた。昨年の御前試合では、宿敵である猪木道場のこれまた若手随一にして猪木道場・三銃士の一人、橋本新也を撃破、その様子は瓦版を通じて、江戸中に知れ渡った。江戸中に四つある馬場道場の、それも本道場で指導にたずさわり、生活にも余裕ができた。
三沢は、千草を嫁にほしいと龍左衛門に申し込んだが、けんもほろろに断られた。「いくら剣がたつといっても所詮は仕える主のない武士もどき」と罵られたことは忘れられない。
ぐっとこらえた三沢に運が巡ってきたのは、今年に入ってからだった。
馬場道場総帥の馬場翔平が三沢を馬場道場赤坂支部の師範に取り立てたのだ。道場の順列でいえば、五人抜きの快挙である。
道場師範といえば一国一城の主と同じだ。旗本の師弟をも弟子として指導するのだ。
さすがにこの出世には龍左衛門も態度を変えた。三沢があらためて結婚の申し込みをしたとき、笑顔で受け入れたのだ。
それから二月。ときどき癇癪の気配を出すものの、なんとか祝言の日取りを決めるところまでこぎつけた。仲人は師匠の馬場翔平その人である。馬場はめったに外出しない人だったので、使いとして、川田がやってきたのだ。
川田は一年遅れてやはり馬場道場に入り、これまた頭角を現していた。「足利兄弟」などと並び称されるのが三沢には癪にさわってしかたなかったが、我慢するしかなかった。
川田は用があってもなくても三沢にまとわりついていた。端から見れば「なついている」「信奉している」と見えたかもしれないが、三沢にはうっとうしかった。川田の腹の底はどこか読めない。川田は自分以外の剣士を誰も認めていない節があった。
そう、三沢を認めようとしないもう一人の人間とは、この川田だった。
小柄でずんぐりしており、顔にはいつも無精ひげ。身なりだけでなく言動にも無頓着、口数は少ないくせに、言わなくていいことを最悪のタイミングで言い放つ。そして言うべきことはさっぱり言わない。このときもそうだった。
「あ、三沢さん、大事なことを言うのを忘れてた」と川田は口のまわりをあんこでべたべたにしたまま、丸い目をぎょろりとさせて言った。
「なんだよ、いったい」
「昨日、うちの大仁田厚之助が猪木道場の長州力太郎に斬りつけたらしいっスよ」
「ええっ!」
三沢は驚愕の面持ちで、川田のあんこだらけの口を見つめていた。なんでそんな大事なことを早く言わないのか。こいつ、ぶっ殺してやろうかと思った。というか、次の瞬間、拳で鼻っ柱を殴りつけていた。
馬場道場の門弟が宿敵である猪木道場の高弟を市中で斬りつけたとは……。これはただではすまない。下手すると、全面戦争になるかもしれない。
三沢は思わず絶叫しそうになった。
俺の祝言はどうなるんだ……。